雑記

次の円盤が来ちゃったので、見る前に最近書き散らした雑文一挙処分。 劇場版の円盤もコメンタリーがまだ未消化なんだけども。 整理しきれてないしコレと言って結論のある話ではないから、読むにしてもあまり真面目に受け取らないでもらえればと。

5th頃より前は、中村先生の真面目な言葉には薄ら寒さとか、クサさを感じることがあってまっすぐに受け取れないことがあった。 それまでの経緯とか、道のりがあったからこそ出てくる言葉だから、それがちゃんと分かってれば斜めった見方せずまっすぐ受け入れるんだけど、忘れちゃったり、何か見落としてたりしてるとそう感じるんだと思う。 こないだの9thや劇場版でも、もちろん前ほどではないけど久々にそういう感覚を覚えた。 中村先生の言葉を聞いてどう感じるかはアイマスとの距離感を測るものさしみたいなもんかなと思う。

そりゃ「趣味・特技:アイマス」な、ほぼ毎日のように何時間もそれに全力賭してる人にはそう簡単にはついていけるわけがないし、あっという間に先に言ってしまうわけだ。 進み続けるだけじゃなくどんどん速度が上がっていくのを実感して、このまま行けばある日ついていけなくなるってことはあるだろうと想像したことがあったし、実際8thのあたりにはそれを感じて、もしいよいよついていけなくなったら楽しくなくなるんじゃないかっていうほのかな不安はあった。

これはアイマスに限ったことじゃないけど、アイマスは触れ続けてないとあっという間にわからなくなるんだなってのを特に感じる。 そういえばL4U!の時期も、遊んでない期間が長くなると、何が楽しかったのかを思い出すまでに時間がかかった。

劇場版は自分としては満足だけど、アイマス知らない人に勧められるかっていったら、難しいと思う。 初見の場合、理詰めより感覚でものを見る人の方がすっと入ってくるんじゃないかと思う。

あれこれ好き放題言うけど起きた結果については責任持ちたく無いもんで、いつか聞けたらそれでいいとか、聞きたいけどあずみんが歌う/歌わないっていうならそれでいいとか言ってたわけだけど、それって要するに「これ歌って」って言ってステージにポンと放り出してそれっきりってのとやってることは変わらなくて、萩原さんでそれやった場合どうなるかは想像の通り。 といってもここは萩原さんの場合のお話ではなくて浅倉さんの場合についてだけど、浅倉さんなら大丈夫と思ってたから、こっちとしてはただ待ってただけなんだけど、アンケとかでもKosmos, Cosmosお願いしますとその都度書いてたけど、Pみたいに背中押す以上に効力のある事を言ってあげればカッコ良かったなぁと、今更思った。

軽くその時の空腹を満たせればいいんだけど、満腹になる以上のことを求められてる感じ。 あっちからそう求められてるというよりは自分がそうしようとしてるだけかもだけど。 いただきますしたらごちそうさま言えよ!みたいな。 ごちそうさま言うのは当然なんだけど、高いもの食べるなら食べるからにはみたいな謎のプレッシャーがあるとすれば、食べてそれっきりで済ませちゃいたいときもある。 お金出した以上は元を取りたいと思う心理はいい方向にも働くけど、これはよくない方向。

アニマス→劇場版でどんどん感動のレベルもドラマの深さも上がってきたけど、シンデレラガールズはそこを一旦引き戻して時々ほっこりちょっとしんみりくらいに留めてくれるといいなと思う。